昨日朗読で読んだ詩。
今日も面白半分に詩を書いて見た
SのS人GSは
「詩は社会を変えるための道具だ」
とほざいた
(ザリガニの死体を踏みしきいて字体にしたあの日、真っ赤な雲に名前を付けられなかった)
「おーうじゃぽね。われあれの死海は雑魚寝で寝っ転がりネ。酒飲みのオジイちゃんはサウモーキンビリアードに合致したね」
ドゥルーズの名前をドゥ・ルーズと脳内改名した夜
裸足の幼なじみは上方に流された
十六ビットに変換されて
その饒舌は切り取られた
「いいかいじゃぽね。言葉は言葉。無駄な部分的要素はないネ。ひとつひとつが意味しゅごうたい。あっしゅはあっしゅ。トレイをつけてその上で小さな火の粉をくすぷらせ、それからえんとつたてタテネ。可哀想な鯨のタメ。じゃぽね。」
SのS人GSは人間であるのが怖いと言った
その詩は、藁半紙の片隅に止められて
日本浪曼派と中野S氏の写真に張り付けられた
(蛙の鳴声を泣き声と勘違いして、視覚と資格を間違えた。蛙の田圃は殺されるために生まれた牛の赤ん坊が殺されるためだけにもうもうないている)
カストロをスカトロの言い間違いだと思い込んで
三十二ビットマシンにつんのめる
西鶴の足跡を眺めながら
饒舌な幼なじみの解凍された舌を食べている
「じゃぽね。君の半身は半信半疑ネ。かいげしゅげな伝統をモチイテいてとてもイイヨ。でもじゃぽね。時代はエドガクだヨ。デカルトとラテン語は表に置いて、君の半身を全身にマワス。リサイクルリサイクル。サイクルリサイクル。盆栽はじゃぽね。素晴らしい西洋ネ」
SのS人GSの話はもう止めて
今日も面白半分に詩を書いて見た
僕の抑圧は社会にはなく(遅まきながら
僕の労働に小鳥の餌が巻かれる(可哀想な鯨の骨の上で
僕の閉塞はコンクリートの上に(殺されるための牛と
僕の遺書には署名を断る署名がある(人間以外の青い目に
僕の人間はデジタルのでっかい目で(見つめられながら
僕の社会に抑圧はない(黒い代表者になる
僕の言葉は礼儀の中に沈潜して(黄色い代表者になる
僕の線上に言葉の三角形はいらない(猿の学者になる
はにはにはにはに わ ここにはそんなものしかない)
(君にはハニワになるだけの覚悟があるか。目と口を虚空にして鼻を閉じられる自信が?)
「よくしゃべるじゃぽねに
幼なじみの舌を食わせてやるよ
平和という言葉が輸入なら
じゃぽね
僕だって幼なじみの舌を食いたい」
二進法の原則を守りながら(明日は六十四 明後日は百二十八 明々後日は二百五十六)
今も(五百十二)
今日も(千二十四)
解凍された
幼なじみの舌を食べている